end of shite

虚無に向けての日記

無邪気を意識した時点で無邪気ではあり得なくなってしまう子供のようだ

ポケットティッシュを洗濯してしまっても落ち込んだことなんてなかった。

それはあまりにも頻繁で、ポケットティッシュくらいで落ち込んでいたら何もできない。なんならトイレットペーパーひと玉洗濯してしまったことがあるし、それに気がつかず最近服がケモケモしてるな〜って1週間くらい過ごしていた。部屋が極端に暗いのもあるけど気がついた時には流石にポンコツすぎて笑った。

あと洗っちゃったものといえばイヤホン、音はなんだか水っぽい気がしたけどちゃんと聞こえて安心した。むしろ綺麗になったので少し嬉しかったけどすぐに壊れてしまった。イヤホンはわたしにとって割と痛い出費なので、帰宅即床にほおることにした。僅でもたしかに成長していますね。

一番失敗した〜と思ったのはスマホで、シーツにくるんでそのまま洗ってしまったようだ。イヤホン同様綺麗にはなったけど、これはかなり落ち込んだ。洗濯機から引っ張り出すシーツ、ゴトリと落ちるスマホ、悲しむわたし。

以前付き合っていた男性に、なぜポケットティッシュを洗濯しても全く落ち込んでいないのか、と聞かれ(その日もいつものようにポケットティッシュを洗濯してしまっていた)答えに困ってしまった。

それを聞かれるまで落ち込むほどのことと全く認識していなかったし、認識していないことも認識していなかった、あまりにも日常で。

それからはポケットティッシュ洗濯をしてしまうたびにそのことを思い出し落ち込むべき出来事…と思うようになった。ポケットティッシュ洗濯が日常であった生活は終わった。もう2度と知らなかった時のわたしに戻れない。

生活は相変わらず下手なくせに精神だけ大人びちゃって(ほんの少しだけど)もうやだわぁ〜って感じ。

さよなら、ポケットティッシュ洗濯全く気にならなかったわたし。