end of shite

虚無に向けての日記

漕ぎ出せ大海原

もっと若い時に悩む人が多いのではないかという悩みに直面していて、私は今めちゃくちゃ上京したい。

実家はものすごく田舎で、どのくらい田舎かと言うと中学生は必ずヘルメットを被って自転車に乗っているし狩猟が解禁されると無闇に山に入らないようにと各々の家に備え付いていた防災無線でお知らせが来て年に何度かお年寄りが山菜採りから帰ってこれず消防団による山狩りが行われ県の中心地よりは随分寒いけどスキーができるほどでもなくただただ困る程度に雪が降るそんな感じの田舎だ。

中学に上がるまでほぼ古民家と呼べるような広いだけが取り柄でお風呂も薪で沸かすような家に住んでいた。そこから町内にある団地(あまりにも小規模なので団地と呼べるかは謎)に引っ越し、古民家は取り壊されもうダムの底だ。

高校は行ける範囲でいちばん大きなところにした。初めての全校集会ではあまりの人数の多さに立ちくらみがし、近所(といってもバスで20分はかかる)の制服が可愛いだけが取り柄の小さな高校に行けばよかったと心から後悔した。しかし学校の帰りにコンビニやファミレスがありすごく都会にでたなぁと若い私は浮かれた。

実家から通える範囲にある大学は国立しかなくそんな頭のない私はついに大学のそばで1人暮らしを始めた。実家ではエアコンなどつけたことがなかったので夏の暑さに辟易とした。使ったコップは自分で洗わないと汚れたままだという当たり前のことに新鮮に驚いたりした。アパートから歩いて行ける範囲にコンビニやスーパーがあり、宅配のピザも頼めるなんてものすごく都会に出たなぁとわりかし満足した。

そこから就職して、そのアパートから原付で市内中心部まで通っていたのだが、原付捕まりまくり地帯だったこともあり違反が重なりあと一点で免停というところまで来てしまった。もともと乗り物に乗るのが下手くそでいつか死んでしまうと思いながら通勤していたので思い切って中心部に引っ越した。田舎者ゆえにものすごく中心部にしてやった。繁華街から歩いて帰れる、友達もいつでも呼べる。来るところまで来たなって謎の達成感があった。

ある時急激に俳優をものすごく好きになり若手の俳優なので活躍の場が舞台中心で舞台なんてほとんど東京でしかしておらず月に一度くらいのペースで東京に行くように。のぞみでたったの4時間、往復約30,000円(早割で)。行こうと思えばいくらでも行けるもんだなと学びを得る。

交通費が月の家賃を超えた時、もう東京に住んじゃいたい気持ちが急に出てきた。非正規社員だし結婚もしてないし彼氏もいないし数少ない友達はバリバリ結婚していて滅多に会えなくなったしこの地にこだわる理由はない気がする。

高校進学のとき、大学進学のとき、就職する時、県外に出るタイミングなんていくらでもあったのにこれっぽっちも考えていなかった。地元にこだわりがあったわけでもなく本当に思考が停止していた。なんて漫然と生きているんでしょう。

東京に引っ越したって私が変われるわけではないけども私の人生なので決めるのはほとんど全部私だから私が決めないことには何も始まらないな。とりあえず交通費は確実に変わる。

知らない土地への引っ越し、貯金も全然ないし向こうに友達もいないし仕事もないし両親はそんなことしてないでさっさと結婚して欲しいしで不安要素しかないけど、あのクソ寒いくて広いだけの実家にいつだって帰れると思うとどこでだって生きていける気もする。